サーフボードを持たず、
代わりにストックを持ち
海の無いネパールまできてしまった。

カトマンズに一泊。



タミルの街へ歩いて行き、まずはここの感じをキャッチしてみる。

 

 

うん、マスクとサロン(布)を持ってきていて良かった。 

まるで砂漠の中にいるような、ダストがすごかった。

 

 

次に、ポカラと言う町へ飛行機で移動。

リョータマン、父カツユキさん、
そしてカツユキさんがネパールに来る時は必ず同行してもらう地元でお茶屋さんをしているラビンさん

この3人に私はくっついて行くだけ。

 

 

ポカラに着いたら、車で移動して、
山へのスタート地点まで行くらしい。

 

すでにヒマラヤ山脈は目の前。

興奮して、私一人、車の中でキョロキョロ景色や人々を眺め続ける。(他の皆はウトウト) 

 

 

 

田舎町に到着し、トイレ休憩そして歩く服装に着替える。

そうだ、ここも左手トイレの国だ。。。



ポーターの2人は23歳と27歳。
マン君とアビー君。

10kgくらいの荷物を持ってもらうのに、最初は申し訳なく感じたのだけれど、
いざ歩き始めると、ひょいひょいと先を歩いて行く、


私が遅れていると、どちらか2人が待ってくれている。

息が切れかけると、「休憩しよう」 と。

なんとも休憩の多い山登りだ。。。

 

 

ここに来てよかったこと。

 

もちろんヒマラヤ の景色は素晴らしい!

こんな崇高な場所があったんだと心の底から思った。

 

それに加え、私にとっては、
ここの人達の暮らしを本当に間近に見れること、

この人達の間をお邪魔して歩けることがとてもとても楽しかった。





夕方、泊まる山小屋に着けば、
山景色を見ながらチルアウト。

エベレストは高山病があるから飲めなかったアルコール、
ここではビールとワインが頂けると毎晩ご満悦。

 

最高に美味しい、水牛のチーズをつまみに寒い寒い夜を迎える。。。

 

もちろん暖房は無く、
隙間風が入る。

アビーが運んでくれた寝袋に包まりながら、9時には落ちていた私。 


Good night.

 

 

 


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そもそも私はヒマラヤに行くはずではなかった。

行くことが決定して、チケットを取ったのは出発の一週間前。



元をたどれば、 この旅はリョーウタマンの父カツユキさんが
数日間かけてヒマラヤへトレッキングに行く、

その同行でリョータマンも一緒に行く。というもの。



父カツユキさんはスーパーマン70歳。

普段から休みになれば日本の素晴らしい山へ足を運んでいる。

エベレストのカラパタール標高5550mへも5年前に行っている。



リョータマンもエベレストのテンボチェまでメイクしている。

そもそもカネコ家は山ファミリー。

逸平兄はその上を行く。。。
(今回の山ウェアー、道具も私は全て逸平兄さんのものをお借りしました。
感謝感謝ありがとうございました)




道具もロクに持っていない私、 山の経験も少ない。

下りは2時間歩くと、膝の半月板が痛み出す始末。

そんなところに私が入る隙間など無い。。。





なのに、なのに、なのに 行くことになった。

最終決断は自分。。。

まず、下りで膝が痛くなったら "ポニーサービスがある"笑

それからガンジス川の支流となるバグマティー川、そこの火葬場

この二つが最終的に私が行こうと思った理由。





迷いに迷ったあげく、約10日間のヒマラヤ旅がスタート。

その場に行けば...
一旦スタートすれば...
なんとかなるだろう。

父カツユキさんにだけは迷惑かけないように。。。汗




日本からバンコクを経由し、
上空から、ビルマ、ダッカ、

そして興奮することにベンガル海に流れ込むガンジス川を上空から眺めながら、
私にとっての初めてのカトマンズに到着。。。











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12月!1日から波もある。


 ポカポカ陽気、海の水温も高く、
ロングジョンにタッパを着るのがベスト。

今日はジャーフルで入ったら暑くてたまらなかった。。。。


パビリオンを担当してくださっている
QuiksilverのKisodaさんが昨日から来宍喰。

かれこれもう・・・う〜ん何年もの長いお付き合い。

一緒に海に入り、同じ時間を共有できてとても嬉しかった。


波とより密接するなら、
ハンドプレーンもしくはボディーサーフィンが一番だと思う。

 

 

そして次へのディスティネーションへ。

準備開始。

今までこんなに支度に時間がかかったことは無い。

なんせ分からないことだらけ・・・ 

to be continued


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